LOGIN◆
仕事部屋でくつろいでいた蓮のスマホが震えた。
画面を見ると、姉からメッセージが届いている。
『今日休みだったんでしょ。ちゃんと休んだ?』
蓮は苦笑した。
仕事を詰め込みすぎると、姉は決まってこういう連絡をしてくる。
『休んだよ。出かけてた』
そう返すと、間を置かずに返信が来た。
『珍しい。どこ行ったの?』
『カフェ。あと雑貨屋』
『誰と?』
蓮は画面を見つめた。
姉の勘のよさは、子どもの頃から変わらない。
『知り合いの人と』
送信すると、すぐに電話がかかってきた。
「……もしもし」
『ちょっと蓮。知り合いの人って誰よ』
「普通、そこから電話してくる?」
『だって、あんたが休みの日に誰かとカフェなんて珍しいじゃない。しかも雑貨屋まで行ったんでしょ?』
「たまたま近くにあったから寄っただけだよ」
◆ 仕事部屋でくつろいでいた蓮のスマホが震えた。 画面を見ると、姉からメッセージが届いている。『今日休みだったんでしょ。ちゃんと休んだ?』 蓮は苦笑した。 仕事を詰め込みすぎると、姉は決まってこういう連絡をしてくる。『休んだよ。出かけてた』 そう返すと、間を置かずに返信が来た。『珍しい。どこ行ったの?』『カフェ。あと雑貨屋』『誰と?』 蓮は画面を見つめた。 姉の勘のよさは、子どもの頃から変わらない。『知り合いの人と』 送信すると、すぐに電話がかかってきた。「……もしもし」『ちょっと蓮。知り合いの人って誰よ』「普通、そこから電話してくる?」『だって、あんたが休みの日に誰かとカフェなんて珍しいじゃない。しかも雑貨屋まで行ったんでしょ?』「たまたま近くにあったから寄っただけだよ」『ふうん。で、誰?』 蓮は小さく息をついた。「写真をきっかけに知り合った人。今日はその人が店を見つけて、誘ってくれたんだ」『へえ』 姉の声が、明らかに楽しそうになった。『女の人?』「……そうだけど」『あら』「その反応、やめてくれない?」『別に何も言ってないでしょ。でも、嬉しそうな声してる』 蓮は思わず眉を寄せた。「そんなに分かる?」『分かるわよ。あんた、興味のない話ならもっとあっさり終わらせるもの。今、ずいぶん丁寧に説明してくれたじゃない』 言い返そうとして、蓮はやめた。 姉の指摘には、思い当たるところがあった。『大事にしなさいよ。その人との時間』 からかうような声が、少しだけ穏やかになった。「……うん」『それと、部屋も片づけなさいね』「そこは今、関係ないだろ」『
◆ 朝倉蓮が自宅の玄関を開けたのは、午後六時を少し過ぎた頃だった。 靴を脱ぎ、ジャケットをハンガーに掛ける。いつもなら仕事部屋へ直行するところだが、今日はそのままキッチンへ向かった。 冷蔵庫から水を取り出し、グラスに注ぐ。窓の外には、夕方の街並みが広がっていた。 蓮は水を飲みながら、今日の出来事を思い返した。 藤崎真琴と、カフェへ行った。 彼女が見つけてくれた店だった。 古い建物を改装した落ち着いた店内で、ケーキを分け合い、子どもの頃の話や普段の料理について話した。そのあとには雑貨屋へ寄り、買い物をするわけでもなく、棚に並んだものを眺めながら歩いた。 何か大きな出来事があったわけではない。 けれど、思い返すと自然に口元が緩んだ。 今日の藤崎さんは、よく笑っていた。 姉にゲームで負かされた話をした時も、使い道のない香辛料が棚に残っていると話した時も、楽しそうに聞いてくれた。 それが嬉しくて、普段ならあまり人に話さないことまで口にしていた気がする。「……結構しゃべったな」 誰もいない部屋で呟くと、少しおかしくなった。 蓮はもともと、人付き合いが苦手なわけではない。 撮影の現場では初対面の相手と話すことも多いし、被写体が緊張していれば、場を和ませるために冗談を言うこともある。 ただ、仕事が終われば一人で過ごす時間を好んでいた。休日に誰かと会う予定を入れることも、それほど多くはない。 それなのに今日は、帰り道で次の約束を考えていた。 自分でも少し意外だった。◇ 仕事部屋の扉を開けると、机の上には編集途中の写真が残っていた。 壁際の棚にはカメラとレンズが並び、その隣には資料や写真集が積み重なっている。 蓮は椅子に座り、パソコンの電源を入れかけて手を止めた。 今日は仕事をしないと決めた日だった。 帰宅したら少しだけ写真を整理しようと思っていたが、今はそんな気分ではなかった。
駅へ続く大通りに出たところで、朝倉さんが少し歩く速度を緩めた。「藤崎さん」「はい?」「今日、誘ってくださってありがとうございました」 私は少し驚いて、隣を見た。「さっきもお礼を言ってくださったじゃないですか」「そうでしたね。でも、もう一度言いたくなったので」 朝倉さんは照れたように笑った。「最近は、仕事で人に会うことが多かったんです。撮影の打ち合わせだったり、展示の準備だったり。もちろん、それも楽しいんですけど、仕事を離れて誰かと出かける機会は、思っていたより少なくて」 私は頷いた。 朝倉さんは以前、休日でも撮影のことを考えてしまうと話していた。仕事が好きだからこそ、休みの日も自然とそちらへ気持ちが向くのだろう。「今日は、カメラも持ってきていないんですよ」「そういえば、いつものバッグじゃないですね」「はい。最初から持ってこないことにしました。途中で撮りたいものを見つけるかもしれませんけど、それはまた別の日でいいかなと思って」「今日も素敵なお店がありましたもんね。朝倉さんなら、撮りたいものがいろいろ見つかりそうです」「ええ。でも今日は、藤崎さんと出かける日なので」 その言葉に、私は少しだけ足を緩めた。 朝倉さんは私を見て、穏やかに続けた。「今日、楽しみにしていたのは、藤崎さんに会うことだったんです。カフェがどんなお店かも気になっていましたけど、それ以上に、またゆっくりお話しできるのが嬉しくて」 胸が大きく鳴った。 朝倉さんは、私が写真を見に来ることを喜んでくれていた。作品の感想を伝えると、いつも丁寧に聞いてくれた。 でも、今の言葉は少し違う。 写真を見に来てくれるからでも、作品を褒めてくれるからでもない。 私に会うことを、楽しみにしてくれていた。「……私もです」 少し照れくさかったけれど、自然に言葉が出た。「今日は、朝倉さんと一緒に出かけられるのが楽し
カフェを出た時には、午後の日差しが少し傾き始めていた。 店の前に置かれた鉢植えが風に揺れ、通りには買い物帰りらしい人たちの姿が増えている。「おいしかったですね。タルトもケーキも」 私が言うと、朝倉さんは満足そうに頷いた。「はい。今度はスコーンも食べてみたいです。隣の席に運ばれてきたのを見て、少し気になっていたので」「見てたんですね」「実は。藤崎さんがケーキを選んでいる時から、僕はそっちも気になっていました」「言ってくださればよかったのに」「さすがに三種類は食べすぎかなと思いまして」 真面目な顔で答える朝倉さんに、私は笑ってしまった。 初めて会った頃は、こんな冗談を言う人だとは思わなかった。落ち着いていて、少し距離のある印象だったのに、今は穏やかな表情の中にも、いろいろな感情が見えるようになってきた。 私たちは駅へ向かって歩き出した。 まだ帰るには少し早い時間だったけれど、朝倉さんにも予定があるかもしれない。 そう思っていると、彼が通りの先へ目を向けた。「藤崎さん、このあと少し歩きませんか?」「お散歩ですか?」「はい。せっかく初めて来た町なので、もう少し見てみたいなと思って。もちろん、お時間があればですが」 私はすぐに頷いた。「私も、もう少し歩いてみたいです。さっき来る途中に、気になる雑貨屋さんがあったので」「それなら、そこへ行ってみましょうか」 帰り道が、少しだけ遠回りになった。◇◇◇◇ 駅へ向かう大通りから一本入ると、古い建物を利用した小さな店が並んでいた。 手作りのアクセサリーを置いた店や、焼き菓子の専門店。店先に植木鉢を並べた花屋もある。 私たちはショーウィンドウを眺めながら、ゆっくり歩いた。「あ、ここです」 私が足を止めたのは、小さな生活雑貨の店だった。 窓際にはガラスの花瓶や木製のトレーが並び、奥の棚には布製品が見える。
カフェの扉を開けると、焼き菓子の甘い香りがふわりと漂ってきた。 店内には落ち着いた音楽が流れ、木製のテーブルがゆったりと配置されている。壁際の棚には古い本や小さな雑貨が並び、窓から差し込む午後の日差しが床に柔らかな模様を作っていた。「いらっしゃいませ。お二人ですか?」「はい」 店員さんに答えると、窓際の二人席へ案内された。 向かい合って座り、メニューを開く。写真で見た季節のケーキのほかに、スコーンやタルトもあって、思っていた以上に種類が豊富だった。「迷いますね」 私が呟くと、朝倉さんが笑った。「藤崎さん、来る前から何を食べるか決めていたんじゃないんですか?」「一応、季節のケーキにしようと思っていたんです。でも実物を見ると、タルトもおいしそうで」「それなら、両方頼んで分けますか? 僕も甘いものは好きなので」「朝倉さん、甘いものがお好きなんですね」「はい。結構好きですよ。ただ、一人で店に入るとコーヒーだけで済ませることが多いので、今日はいい機会です」 思いがけない答えに、私は少し笑った。「じゃあ、今日は遠慮なく頼めますね」「もちろんです。僕も楽しみにしていましたから」 結局、私は季節のフルーツケーキ、朝倉さんは洋梨のタルトを注文した。飲み物は私が紅茶、朝倉さんはブレンドコーヒー。 店員さんが離れると、私は店内をゆっくり見回した。「写真で見た通りのお店で、安心しました」「僕は写真より好きかもしれません。木の床が少しきしむところとか、棚の本がきれいに揃いすぎていないところとか、実際に来ないと分からない雰囲気がありますね」「確かに。本も自由に読めるみたいです」「何か気になる本がありましたか?」「料理の本が何冊か。帰る前に見てみたいです」「いいですね。僕も少し見てみようかな」 そう話していると、朝倉さんの視線が棚の一角で止まった。 そこには、少し古いボードゲームの箱が並んでいた
土曜日の午後一時半。 私は駅のホームに立ち、スマホで時間を確認した。 朝倉さんとの待ち合わせは午後二時。ここから二駅だから、少し早めに着くことになりそうだった。 今日は朝から落ち着かなかった。 いつも通り朝食を食べ、洗濯物を干し、部屋の掃除も済ませた。それなのに、出かける支度を始める頃には、何度も時計を確認してしまった。 服は、淡いブルーのブラウスに紺色のスカートを選んだ。 先日、一緒に喫茶店へ行った時とは違う組み合わせだ。鏡の前で何度か確認し、最後に小さなイヤリングをつけた。 別に、特別なおしゃれをしたわけではない。 でも、朝倉さんに会うのだから、少しはきれいにしていきたい。 そう思って服を選ぶ時間が、楽しかった。 電車がホームに滑り込んでくる。 私はバッグを持ち直し、車内へ乗り込んだ。◇◇◇◇ 待ち合わせの駅に着いたのは、午後一時四十五分だった。 改札を出ると、休日らしく何組かの人が待ち合わせをしていた。家族連れや学生らしい二人組、スマホを見ながら誰かを待つ人。 私は少し離れた場所に立ち、朝倉さんへメッセージを送ろうか迷った。 まだ十五分ある。 急かすようになるのも申し訳ないし、約束の時間まで待っていればいい。 そう思ってスマホをバッグに戻した時だった。「藤崎さん」 聞き慣れた声に振り向く。 朝倉さんが、改札の向こうから歩いてきた。 白いシャツに薄手のネイビーのジャケット。普段より少しきちんとした服装で、片手には小さなバッグを持っている。 いつものカメラバッグではなかった。「こんにちは。早かったんですね」「こんにちは。少し早めに出たつもりだったんですが、藤崎さんの方が先でしたね」 朝倉さんは笑いながら、腕時計を見た。「まだ十五分ありますし、慌てなくてもよかったのに」「私も少し早く着いてしまったんです。電車の時間がち
その日から私は少しだけ悠斗のスマホが気になるようになった。 別に見るつもりはない。 そんなことしたくないし、したら終わりだと思う。 でも。 通知が鳴るたび、無意識に視線が向いてしまう。 悠斗が笑うたび、胸の奥がざわつく。 自分でも嫌だった。 こんなの重い彼女みたいじゃない。
私はスマホの画面を見つめたまま固まっていた。『今日はありがとうございました!またみんなで飲みたいです!』 送信者は、『秋山 美咲』。 知らない名前だった。 でも、悠斗のスマホに届いた通知ではない。 私のスマホだ。 私はゆっくり画面を開く。 どうやらメッセージアプリの「知り合いかも」の
昼休み、スマホが震えた。 私は資料から顔を上げ、デスクの隅に置いていたスマホを見る。 悠斗からだった。『今日後輩来るから適当に飲み物買っといて』 私は画面を見つめたまま、少しだけ指を止める。 ――後輩。 今朝言っていた人だろう。『わかった。何人?』
翌朝、目が覚めるとソファの上に毛布が落ちていた。 悠斗はベッドに戻ったらしい。 私はぼんやり天井を見上げたまま、小さく息を吐く。 身体が重い。 昨日はちゃんと寝たはずなのに、疲れが抜けていなかった。 時計を見る。 午前六時半。 あと三十分で悠斗を起こさないといけない。







